山の動植物

イソカネタタキという虫を伊豆大島から東京都内の自宅に連れてきてしまいました

山行から帰宅したある夜、どこからともなく「チリチリチリチリ…」と聞いたことのない虫の声が聞こえてきました。虫の鳴き声に詳しくはないのですが、少なくとも近所では聞いたことのない鳴き声で、マンションの高層階にある私の住居に虫が入ってくること自体が稀です。かなり時間をかけて捜索したところ、胴体だけで1.5cmほどある、こんな虫が見つかりました。

イソカネタタキ

どうやら「イソカネタタキ(Ornebius bimaculatus Shiraki)」と呼ばれるバッタ目の虫のようです(海外ではポピュラーではないのか、英名はないらしい)。調べると普通の「カネタタキ」は私の近所に生息していてもおかしくなさそうでしたが、この「イソカネタタキ」は海岸沿いの低木林に生息するバリエーションらしいです。

お腹が空いていたのか、観葉植物にしているコミカンソウから落ちてきた葉を与えると、ムシャムシャとおいしそうに食べはじめました。君、どこからやってきたの!?

どこからやってきた?

10年以上住んでいるこのマンションに、バッタ大の昆虫が入ってきたことは一度もありません。せいぜいハエトリグモ程度です。このイソカネタタキ君は、どこからやってきたのか。

「イソ(磯)」という言葉で、すぐ思い当たりました。私はその日、東京の島しょ部、伊豆大島から帰ってきたばかりだったのです。

伊豆大島から見た利島

伊豆大島から見た利島

前々日の夜に東京・竹芝桟橋から東海汽船の大型客船「さるびあ丸」で出発、翌朝に大島の岡田港に着き、自転車も駆使しながら三原山のトレイルウォーキングを楽しみました。夜は島の南部、波浮港の近くにある「トウシキ野営場」という無料のキャンプ場(要予約)にテントを張って泊まりました。

トウシキキャンプ場(伊豆大島)

トウシキキャンプ場(伊豆大島)

ここはまさに海沿いで、周囲には「トベラ」という常緑の低木や小型の松が植わっていて、寝ている時は「チリチリチリチリ…」の大合唱だったのです。翌朝にテントを撤収する時、いくつかある自転車のバッグのひとつにイソカネタタキ君が紛れ込んでしまったものと思われます。または、自転車のどこかにピッタリ張り付いた状態で、コンテナ入りしたのかもしれません。

トベラ(伊豆大島・トウシキ野営場にて)

トベラ(伊豆大島・トウシキ野営場にて)

だとするとかなりの低確率で発生した事案ですが、私の家の近所ではカネタタキ・イソカネタタキどちらの鳴き声も聞かれないこと、私の住居に虫が侵入すること自体が稀であること、大島から帰宅した日に発見したこと、イソカネタタキの生息地が「海岸沿いの低木林」であることを考えると、これは伊豆大島からうっかり連れてきてしまったイソカネタタキ君にほぼ間違いないと思います。

観察してみよう

捕獲後はとりあえず観賞魚水槽の水質検査に使う試験管に入れました。普段虫は飼っていないので、適当なケージがありません。調べると、観賞魚のエサや野菜くずなど何でもよく食べるらしいので、観葉植物の落ち葉を与えてみたところバクバク食べはじめました。

イソカネタタキ

カネタタキとイソカネタタキの違い(オス同士)は、背中の両側に黒い斑点があるかないかでわかるそうです。この個体は、短い羽の両側に黒い斑点があります。イソカネタタキのオスである証です。カネタタキのオスにはこの斑点はなく、色もずっと濃くて全く違います。

イソカネタタキ

もともとそうだったのか、移動(輸送?)中にそうなったのかはわかりませんが、片方の尻尾が切れて短くなっており、触覚も片方が短い状態でした。発見から3週間が経過した今でも元気にしていますが、この時は傷付いていたので少し心配な状態でした。

その後、彼の住居は試験管から、半分に切ったペットボトルの容器へとアップグレードされ、さらに専用の虫かごが贈呈されました(空気穴から脱走できそうなのでフタをネットで覆っています)。

イソカネタタキ

お腹側から見た様子です。人間でいうと大腿四頭筋に相当する脚の筋肉がヤバいことになっています。しかしものすごく敏捷というわけでもなく、捕獲する時も飛び回ったりはしませんでした。

イソカネタタキ

下は今年の9月に埼玉県の日和田山で撮影したフキバッタですが、こうやって見るとイソカネタタキ君がバッタの仲間であることに大いに納得です。イソカネタタキは褐色ですが、短い羽や発達した太もも等々、完全にバッタですね。

フキバッタ

フキバッタ(日和田山にて 2022年9月)

鳴いている時の姿の撮影に成功

イソカネタタキは「チリチリチリチリ…」とかなり大きい音で鳴きます。「チリチリチリチリ」をワンセットとすると、5〜7セットほど連続で鳴きます。夜行性らしく、昼間は寝ているようですが、夕方から真夜中くらいにかけて鳴きます。鳴いているところの写真を撮るのは難しかったのですが、何枚か撮れました。

羽を拡げて鳴くイソカネタタキ

羽を拡げて鳴くイソカネタタキ

ネットで調べるとカネタタキとイソカネタタキは鳴き声が全く違います。カネタタキは「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ…」と鳴き声のあいだの間隔が長いのですが、イソカネタタキはより連続的な「チリチリチリチリ…」という鳴き声です。彼は間違いなくイソカネタタキです。名前はベタですが「カネ」と呼んでいます。

鳴き声が出ているあいだは勿論のこと、「気持ちが鳴くモード」のあいだはずっとこのように短い羽をピンと上に立てているようです。この小さい羽と身体からどうしてあんなに大きい鳴き声が響き渡るのか不思議です。イソカネタタキの鳴き声は美声とされており、確かに耳に快いですね。伊豆大島の自然が私の家の中に混ざってきたようで、嬉しくなります。

羽を拡げて鳴くイソカネタタキ

下の写真も、鳴いているところです。近付きすぎると警戒して羽をたたんで鳴きやむのと、いつも見える場所にいるわけではないので撮影は難しいほうです。また、鳴くのは夜ですが、夜はなるべく暗くなる場所に虫かごを置いてあるので、撮るのはなおさら難しいです。あまり動かないので被写体ブレしないところはありがたいですけれども。

羽を拡げて鳴くイソカネタタキ

イソカネタタキは丈夫な虫とされており、秋に現れては1〜2月頃まで生きることもあるようです。

イソカネタタキ

カネを今後どうすべきか、答えが出ないまま3週間ほどが経ってしまいました。伊豆大島にはこの冬にもう1度遊びに行ければと思っているので、彼が元いたはずの海岸に連れ帰ることもできるかもしれないのですが、度重なる環境の変化や船旅は、負担にならないか。そもそも彼は帰りたいと思っているのか。

近所の公園に放すとしても、そこで暮らしていけるのか。千切れた尾と触覚を考えると、放したらすぐ死んでしまうのではないか。何をやっても人間のエゴになるのではないか。

イソカネタタキ

何が本人のために最良なのかはわかりませんが、たっぷりの枯れ葉や小枝の入った安全な住居で、水と新鮮な葉物野菜と動物性タンパク質(観賞魚のエサ)をマメに与えられているので、とりあえず幸せに暮らしている…と信じたいところではあります。

ちょうどいま、この文章を書いている時も「チリチリチリチリ…」と鳴きはじめました。いま、この部屋の室温は24度。伊豆大島は11度くらいなので、うちのほうが多分過ごしやすいのかもしれません。仲間に会わせてあげたいところですが、今から都内の海沿いの公園に放してもストレスのほうが大きいかもしれず、もしかしたら最期まで我が家で過ごすことになるのかもしれません。

私が「チリチリチリチリ…」と鳴き真似をすると、反応して鳴くこともあります。最初それに喜んでいたのですが、音楽や動画の音など、大きめの音響なら実は何にでも反応するようです。

後日談

その後、カネがどうなったか。ちょうどこの記事を公開した翌日の夜、最近では珍しくカネの鳴き声が聞こえませんでした。気温が少し下がったので冬眠モードにでもなってきたのかなと思ったのですが、その翌日も全く鳴かず、もしやと思いさらにその翌日に虫かごのフタを開け、姿を確認すべく落ち葉を一枚一枚拾い上げていきました。

不思議なことに、カネの姿はどこにも見当たらなかったのでした。フタの上に被せていたキッチン用水切りネットの網の目を食い破って脱走したのか。それとも、あの網み目を通り抜けるのは簡単だったのか。しかし、調べてみてもカネが通り抜けられそうなサイズの穴はまったくないのが不思議です。いずれにしても、彼は忽然と姿を消してしまいました。

家中を探しましたが、未だ見つかっていません。虫かごの中にはいつも豊富な食べ物と水がありましたが、彼はそれよりも自由を欲したのでしょうか。

突然現れては突然消えてしまった、なんとも思い出深い虫でした。

撮影データ:OLYMPUS OM-D E-M5 III / M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro, ED 12-45mm F4.0 PRO / 2022年10月中旬〜11月初旬(フキバッタのみ9月撮影)

著者
ヤムパパー

秩父・奥武蔵・奥多摩・伊豆諸島がホームグラウンドの低山ハイカー。動植物の写真を撮りながら歩くのが好き。日帰りメイン時々テント泊。著述家・翻訳家

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