山のコラム

私がはじめて膝を痛めた日の話 ・下山中に絶対にやってはいけないこと

ハイキング・登山をはじめてからというもの、私は長らく「膝痛」とは無縁でした。トレッキングポールも使っていませんでした。山行を重ねるほどに、より長距離を歩けるようになっていく。高い山に登ったら、次はもっと高い山に登れるようになっていく。何もかも順調でした。

鷹ノ巣山

鷹ノ巣山(東京・奥多摩)にて

膝痛とは無縁の楽しいハイキング生活が、そのまま永遠に続くのだと思っていました。しかしある日突然、実にしょうもない理由により、私も「膝痛持ち」の仲間入りをすることになりました。忘れもしない埼玉県の奥武蔵、蕨山(わらびやま)と有間山(ありまやま)をはじめて歩いた日のことです。

それは道迷いからはじまった

それは自分でも信じられないような「ありえない道迷い」に端を発した出来事でした。名郷(なごう)のバス停を出発し、蕨山・有間山(タタラノ頭)と縦走し、鳥首峠からバス停に戻る周回コース。帰路の鳥首峠の道標の前で立ち止まった私は「そうか、白岩集落と、名郷のある名栗は右だな」と自分に言い聞かせ、右に歩いていった… つもりでした。

道はすぐに急登になりました。おかしいな、とは思いつつ、いやいや多少のアップダウンがあってもおかしくないだろう… と頭の中で呟きながら歩き続けました。しかし、いくら歩いても尾根道は相変わらず登り基調。

やがて「1059m」という札が下げられている一本の木が目に留まりました。鳥首峠の標高は953m。そこからさらに進んでから、ようやく私は鳥首峠の道標を右折したのではなかったこと、北上してしまっていたことを悟りました。「俺は大持山に向かっているじゃないか!」と。

狐につままれたような気分でした。道標の前で「右に行く」と確認したのに、どういうわけか直進してしまったのです。集中力が切れてボーッとしていたのか、それとも身体が無意識に「あっちに歩きたい」と思ったのか。思えば鳥首峠の道標で、この尾根道を北上している人を見かけたのを覚えています。その人につられていったのだろうか、とも思います(その人が狐だったのかもしれない。おじさんだったけど)。

午後の最終バスをつかまえたい

急いで鳥首峠に向けて下りはじめました。名郷から飯能に向かう午後の最終バスに乗るには、普通のペースでは間に合わないことは明らかでした。普段トレランのようなことをしていないのに、7〜8kgのザックを背負ったまま小走りで急斜面を駆け下りて行きました。ああ、ようやく鳥首峠に戻ったぞ。なぜこんなところで間違えることができたんだろう?

これだ、この道だ。バス停までの標準コースタイムは1時間40分。しかし最低でも1時間10分で下っていかないと、バスに間に合わない。ガレとザレの道を急ピッチで下り続けました。アドレナリンが出ているのか、集中力は高く、足さばきも快調。俺にはこんなに高い身体能力が眠っていたのか… などと勘違いをはじめたその時でした。

ズキーン! という電撃的な痛みを、左膝の表に覚えました。これか、と思いました。これが膝痛ってやつなのか。いつものんびりしか歩いていないのに、片足それぞれに60kgもの負荷をドカンドカンとかけるような歩き方をしたせいなのか… ついにやってしまった。

想定外の痛みにびっこを引きながら白岩の廃集落を抜けると、林道に出ました。そこからバス停まで45分。舗装路だったので痛みはだいぶ和らいだものの、まだまだ下りは続きます。舗装でも勾配がきついと膝が痛みます。それでも急いで歩き続けました。

結局のところ、なんとか最終バスに乗ることはできました。しかし、今でもこう考えます。私はあの日、最終バスにこだわるべきではなかった。帰宅が遅くなっても構わないから、ヒッチハイクを試みるなり、タクシーを確保するなりしたほうが絶対に良かった。

なぜならこの日以降、私のハイキングには膝痛が付きものになってしまったからです。

膝痛だけでは済まないケースも

後日この件を反省して調べると「最終のバスや電車を逃したくない」という焦りに起因する遭難事故(滑落・道迷い)が発生することは、珍しくないことを知りました。私の場合は膝痛だけで済みましたが、根がもっと張り出した悪路だったら足をひっかけて転んでいたかもしれません。

以来、私は「バスに間に合わないようなら、どんなに時間がかかっても最寄り駅まで歩く。電車は1本遅らせる。絶対に走らない」というルールを自分に課すことにしました。帰路ではなるべく時計も見ないようにする。そしてトレッキングポール(ストック)を使うようにもなりました。

Naturehikeのカーボントレッキングポール

現在愛用しているNaturehikeのカーボントレッキングポール

Naturehikeの超軽量トレッキングポールを使ってみた【カーボン1本売り4000円・171gで高コスパ?】
Naturehikeの超軽量カーボントレッキングポールを使いはじめました。Sサイズ(110cm)の公称重量が153gと超軽量でありながら、1本約4000円と財布に優しい製品です。筆者はこれまで2本で4000円・1本275gの重いポール(Tr...

それから数年が経った今でも、左膝は完治していません。ただ、どのくらいの獲得標高で、どのくらいの歩行時間で痛みが出てくるかは、予測できるようにはなりました。今ではほぼ完全な平地でもない限り、トレッキングポールは必ず携帯しています。登りではあまり使わないのですが、急斜面の下りが長く続くような時は出して、上半身にも負荷分散しています。

下山中に絶対にやってはいけないこと

最終のバスに乗ることは、その日以降、数年・数十年にわたって膝に爆弾を抱えることよりも大事なことでしょうか。駅で1時間余分に待つことと、根に足をひっかけて転んで骨折をすること、どちらが望ましいことでしょうか。山岳雑誌「岳人」のバックナンバーで、サバイバル登山家・服部文祥氏が次のように書いています。

事故が起こるのは、時間的な制約があって、悪条件の中で移動しなくてはいけないときが多い。翌日重要な会議があったり、変更できない飛行機の時間が迫っていたり、家族が心配して騒ぎ出すことを怖れたり。だが、よく考えれば、命を賭けるほど重要な約束など存在しない。

「岳人」2021年6月号 特集「ひとりで登る山」p.34より

長期間にわたって山歩きを楽しむためにも、怪我はしないに越したことはありません。膝痛の場合、命を落とすことよりずっとましですが、関節の回復には長い長い時間がかかります。そして関節は消耗品なので、完全に回復することもないのです。下山中に無理をして予定のバスや電車に乗ろうとすることは、絶対にやめたほうが良いです。

著者
ヤムパパー

秩父・奥武蔵・奥多摩・伊豆諸島がホームグラウンドの低山ハイカー。動植物の写真を撮りながら歩くのが好き。日帰りメイン時々テント泊。著述家・翻訳家

ヤムパパーをフォローする
やまうぉーくYAMAWALK
タイトルとURLをコピーしました