天上山とは
天上山(てんじょうさん)は、伊豆諸島の中では最も西に位置する神津島の山です。山頂は台地状になっており、主にその周遊を楽しむイメージの山。約40ものピークがあり、山頂標識のある最高地点は571.8m。白い砂漠、そして季節によっては、その寂寞とした風景と対照をなす花々、コバルトブルーの美しい海、洋上の伊豆諸島の姿も楽しめます。
上の写真は多幸湾(三浦湾)展望台から見た天上山の南東面。下は東海汽船の大型客船「さるびあ丸」から望む天上山。あの白い崖のむこうに、裏砂漠や表砂漠と呼ばれる白い砂礫の荒野を中心とする山頂周遊コースがあります。
山頂部は伊豆大島・三原山の火口周辺に似た雰囲気があります。しかし三原山の黒いスコリアと違い、天上山は白と灰が支配的な色です。天上山は、承和5年(838年)の大噴火によって生まれたとされています。新島に向山が生まれる約48年前のことでした。
天上山へのアクセスと山頂周遊路の概要
天上山への登山口は、一般的には「黒島登山口」と「白島登山口」のどちらかです。黒島登山口は多幸湾からのほうがやや近く、白島登山口はやや神津島港(前浜港)寄り。また白島登山道は、ゴールデンウィークのような繁忙期であれば、6合目までバスが出ることもあります。神津島港から黒島登山口までは、徒歩で約45分です。
山頂エリアには分岐路がたくさんあり、どのような順番で巡ったらよいのか悩むと思います。基本的な考え方として、下の地図に私が引いてみた赤線をご参考にしてみてはどうでしょうか。黒島登山口を出発し、オロシャの石塁・千代池・裏砂漠・裏砂漠展望地・新東京百景展望地・不動池・天空の丘・不動池展望地・三角点のある最高地点・不入ガ沢(はいらないがさわ)と回り、白鳥登山口に降りるコースです。
これは「山頂周遊コース」と呼ばれており(おおむね5km・4時間前後)、これに加えて赤い四角で囲った「表砂漠」にも立ち寄り、「ババ池(ババア池)」に向かって稜線を辿ると、天上山頂はほぼコンプリートしたことになります。
時間に制約がある場合は上の一筆書きコース、心ゆくまで楽しみたいのなら571.8mの最高地点から表砂漠へと足を運び、不入ガ沢からババ池方面に向かい、不動池を経て周回して白島登山口へ、といったパターンが考えられます。
単純に神津島港から山頂まで白島登山道経由で登った場合の所要時間は、約2時間40分です。港の近くからすべて徒歩で行って帰ってくるのでしたら、休憩時間込みで7時間見たほうが良いと思います。季節によっては行動時間が長く取れないので、登山口までの往来はタクシーの利用も検討したほうが良いでしょう。
天上山の登山装備
天上山は、指定された道を歩くのであれば特に危険なところはない山です。しかし大小様々な礫や石があり、場所によっては浮石もあります。足首を保護できるミッドカット以上のシューズは必須。トレッキングポールは、出番があるとしたら黒島・白島登山道のみ。膝に不安がある方は下り用に保険として持っておくのは良いと思います。ただ、登山口で杖の貸出もあります。
大島の三原山や新島の石山同様、ウインドブレーカーやレインウェアは必携です。地形よりも天候の急変のほうが怖いところです。
隠れるところがないため、夏場は熱中症対策もお忘れなく。トイレは黒島登山口と、白島登山道の6合目に立派なものがあります。また不動池近くにはバイオトイレがあります。水はたっぷり持っていきましょう(冬1.5L〜夏は2L)。
また春(特に5〜6月)はドクガ(毛虫)の発生も確認されており、通年で長袖・長ズボン推奨です。
私が歩いた天上山
ここからは2024年1月、筆者が実際に天上山の山頂周遊コースを歩いてみた時の模様をお伝えします。多幸湾公園ファミリーキャンプ場を拠点にしていたため、初登のスタートに選んだのは近くの黒島登山口(190m)。逆コースももちろんOK(しかし黒島スタートのほうが景色は良いと思いました)。ここで手作りの杖も借りられます。
序盤は基本的に歩きやすい石段がメインで、シダをはじめとする植生は三宅島や八丈島を思わせるところがありました。
海を背に登る黒島登山道はすぐに視界が開け、島西部の神津島港や前浜の集落、無人島の恩馳島(おんばせじま)を一望できるようになります。開放的で、いきなり良い気分です。
楽々では決してないものの、急登とまでもいかない登山道を50分ほど登ると黒島10合目で、ここからは平坦基調になります。最初の名所は「オロシャの石塁(文政の石積)跡」。徳川末期から出没するようになった異国船からの襲来に備え、1827年、ここに約300mの石積防塁が築かれたのだそうです。私が見た時には、観光パンフレットの写真に比べると石が減ったかなという印象でした。台風や地震でいくつか転がっていったのでしょうか。
石塁跡のすぐ近くに、千代池(せんだいいけ)があります。天上山頂にあるいくつかの池のなかでは最大のものですが、水が見られるのは主に秋と春の雨後。大島・三原山の「幻の池」同様、雨水が貯まるひょうたん型の池です。夏にはここでたくさんのサクユリが見られるそうです。
千代池に降りてみたところです。これはさすがに広くて立派なので、雨季に是非再訪したいところです。形状や山の中での位置を考えると、三宅島の大路池を思わせるところもありました(規模は全然違いますけれど)。
小さいアップダウンを経て、裏砂漠に向かいます。天上山ハイキングは、山頂台地に至るまでの登山道さえクリアしてしまえば、あとはしめたものです。周遊コースでも多少の登り下りはあるものの、息が切れるようなところはほとんどない印象です。
焼け焦げたような真っ黒い丘と、白い砂地が対照的な風景。大島の砂漠と少し違い、足が深く沈みこむようなところは多くなかった印象です。
裏砂漠の中心部は、こんなふうに石で道筋が付けられていました。春(5月中旬)にはここにオオシマツツジのピンク色の花が加わり、異世界感がさらに増します。ここに降る雨は流れることなく土中深くまで浸みこんでいき、地下水・湧水となって神津島の人々を潤してきたのだそうです。
盆栽サイズの松が点在する、日本庭園のようにも見える裏砂漠を抜けると、たいそう眺めの良さそうなスポットに至ります。これが「裏砂漠展望地」で、8人ほど掛けられそうな大きいテーブルが2つとベンチがあります。ここは是非ともゆっくりしていきたいところ。私にとってはこの日のハイライトのひとつでした。
この展望地からは無人島の祇苗島(ただなえじま)の美しい姿を眺められます。この時、東海汽船の「さるびあ丸」がちょうど次の寄港地・式根島に向かおうとしているところでした。遠く洋上に浮かんでいるシルエットは、三宅島と御蔵島です。なお稜線の向こうはかなり急な崖になっているので足元注意です。撮影に夢中になってしまい、一度ヒヤッとしました。
ちなみに神津島のマスコット「かんむりん」は「カンムリウミスズメ」に由来し、そのカンムリウミスズメは恩馳島と上の祇苗島で繁殖しているそうです(神津本島にはいないらしい)。
北を見やると式根・新島・利島・大島が、重なることなくうまい具合にほぼ一直線上に並んでいます。右手に見えるあの船も、先のさるびあ丸です。ここはさるびあ丸の絶好の撮影スポットかと思います(展望台では三脚に望遠レンズで待機されている方も見かけました)。この写真を撮ったのは、10時57分。10時30分に多幸湾を出発したのでしょう。
今度は稜線の手前のガレ道をたどりながら、「新東京百景展望地」に向かいます。天上山に限らず、神津島の地質は真っ白なところばかりではなく、真っ黒なところも、暗い灰色なところもあります。新島だともう少し白のイメージが強くなります。
途中で稜線へとひと登りして、新東京百景展望地(1982年制定)に着きました。テーブルなどはありませんが、腰かけるのにちょうど良い岩がゴロゴロしています。
手前の櫛ヶ峯(503m・道崩落のため現在は行けず)の向こうに、先に訪れた裏砂漠展望地よりも、式根島や新島が近くに見えます。無論ここも立ち寄るべきなのですが、個人的には裏砂漠展望地からの展望も負けず劣らずという感じでした。
次の名所は、ハート形をした「不動池」です。かつての火口跡のひとつとされています。ここも干上がっていて、水はありませんでした。「クラカラ剣」と「石の龍神」が祀られており、中をむやみに覗いてはならないとされる小さな祠や、島民から厚く信仰されてきた不動尊や大日如来があります。バイオトイレもありました。ちなみに不動池のハート型を眺望できるスポットは、後で訪れます。
不動池を北に登り、すぐ近くにある「天空の丘」に登ります。ここは山頂台地を360度眺められるスポットです。
こちらは不動池を俯瞰できる「不動池展望地」。観光パンフレットに見られる「インスタ映えしそうな」ハート池はここで撮影されていると思います。左奥に見えているピークが天空の丘です。
周遊路に下り、いよいよ天上山の最高地点を目指します。鳥居、ガレた岩道、白い木段と続きます。
「天上山々頂」と記された、やや傾いだ標識のあるピークに到着です。標高571.8m(盛って527mとされることが多い)。そばに三角点もありました。
山頂標識の上には龍のオブジェが鎮座しています。龍はアジアでは水と関わりの深い存在ですから、やはり水に関する神話を持つ神津島・天上山ならではのデコレーションですね。
広大なピークではありませんが、恩馳島、神津の集落、神津沢、不入ガ沢(右に見切れている)と一望できます。
最高地点を下り、「治山工事跡」へ向かいます。風雨による土石流災害を防ぐため、大正15年(1926年)に始まった天上山の砂防工事は、困難を極めたそうです。1991年に「第5号砂防堰堤(砂防ダム)」として一応の完成。ここから先が神津沢となり、前浜の集落までずっと続いています。登山口の名前にもなっている「黒島」と「白島」は、この沢がおおよその分界点になっているとのことでした。
山頂周遊路の締めくくりが、右手に見える窪地「不入ガ沢(はいらないがさわ)」です。かつて伊豆諸島の神々が集い(そのため「こうづ」は本来「神集」であるという説があります)、水の分配について相談した場所としてあまりにも有名です。神域であるため、みだりに入ってはいけないところです。
こちらは不入ガ沢を北側から眺めたところです。
不入ガ沢を北上していくと「ババア池」(そのむかし島のおばあさんたちがお正月用の榊の葉を採りにきていたことからこの名がある湿地帯)に至りますが、この日はすぐそばの白島登山口から下山します。
6合目までは木段の歩きやすい道が続きます。灌木・背の低い草本の木立が続きます。
白島6合目(363m)には立派なトイレや駐車場があります。ここまで舗装の林道(宮塚山線・天上山線)が続いており、繁忙期はここまでバスが来ることもあるそうです。体力に自信がない方は、ここから先はタクシーなどを使うのもありでしょう。なお登山道の続きはトイレのすぐ手前で、間違って舗装路を下っていくと相当な遠回りになるのでご注意。
白島登山道は6合目から登山口までが樹林で、景観はほぼなし。道も悪めの区間がでてきます。運動強度的には黒島登山道のほうがだいぶ楽だと思います。
白島登山口(おきんさわ・170m)に到着です。ここにも杖の貸出があります。ここから神津島港までは約1.3km・30分の下りとなります。山頂までは1.4kmの位置です。
おごそかさの残る神域
天上山は「花の百名山」にも数えられていますが、筆者が訪れたのは1月ということもあり花は少なく、有名な千両池も不動池も水は干上がっていました。春秋の絶景は是非実際に足を運んで楽しまれてください。
景観的には伊豆大島の三原山を思わせるところもあれば(色は白いけど)、新島の石山に似た雰囲気もあり、黒島登山道からの開けていく展望には八丈富士を思わせるところもありました(ツゲ植物などはあまり見ませんでしたけれども)。
また山頂全域が神域、聖域であるという印象を強く持ちました。むかしの神津の人々にとって天上山は簡単に登れる山ではなかったそうで、治山工事跡からは島の厳しい歴史のことも考えさせられました。今でこそ登山道が整備されていますが、かつて地元の方々が感じていたであろうこの山の厳しさ・おごそかさが今でも透けて見えてくるような山頂でした。
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