ハイキングコース紹介埼玉県の山

矢岳:埼玉の駅スタート日帰り登山では運動強度が最も高い歩行廃人なら魅力がわかる山

矢岳とは

矢岳(やだけ・標高1358m)は埼玉県の微妙な位置にある山です。奥武蔵でもないし、奥秩父でもない。奥多摩にはわりと近い。分県登山ガイド「埼玉県の山」での分類上は秩父。登山者は極端に少なく、道は荒れ、道標は皆無。標準コースタイムは8時間45分(休憩なし)・歩行距離14.5kmとなかなかにハード。よって日の短い季節には適さない山です。

矢岳の山頂標識

分県登山ガイドでのコース定数は「35」であり、これは両神山の表参道・七滝沢道コース(後者は現在通行止め)とともに、埼玉県の日帰りできる山としては運動強度が最も高い部類に入ります。両神のようなクサリ場こそないものの、駅からすぐ登りはじめられる山としてはある意味「埼玉県で最もキツい」山のひとつと言えるのではないでしょうか。

矢岳山頂

長い長い尾根道をひたすら歩いて戻ってくる矢岳、あまり人気がありません。SNS映えのしない地味な山だからでしょうか。しかし私のような日帰りメインのハイカーにとっては、己の持久力と体調を計るために、たまに登っておきたい厳しい山。平日ならほぼ誰とも会わないのも良いところ。

伐採跡地から見た矢岳

分県登山ガイドでは「道なし」の扱いです。しかし本記事後半の歩行記で紹介するように、かつて登山道が存在していたらしい形跡はあり、ピンクリボンも随所にあるため「ひたすら尾根道を追っていく」なら極端に難しい山でもないように感じます。コンパスと地図は必携ですが、必要なのは何より体力、そして折れない心。

矢岳へのアクセス情報

矢岳の最寄り駅は秩父鉄道・武州中川駅。御花畑駅からわずか3駅なのが嬉しいところ。基本は武州中川駅からの、部分周回を含むピストンです(なお浦山口駅から浦山ダム・秩父さくら湖経由で来ることもできます)。お隣はこれまた厳しい雰囲気の熊倉山

■ 矢岳周辺の地理院地図(拡大・縮小できます)

武州中川駅から清雲寺・若御子(わかみこ)神社を目指し、若御子山・大反山(おおぞりやま)を経て「クタシタノクビレ」へ。そこから矢岳に向かい、復路はクタシタノクビレから西の山腹道を下るルートが分県登山ガイドでは提案されています。クタシタノクビレ〜矢岳間がピストン区間となります。1/25000地図は「秩父」が詳しいので、コンパスと一緒に携行しましょう。

矢岳登山の装備について

矢岳登山は長丁場になるため、また急登・急下降を含むためトレッキングポールはあったほうが良いと思います。また登山道も整備されておらず、歩く人も少ないせいか礫や枯れ枝、枯れ葉がシューズに入ってくることが多いので、足首を覆うゲイターの使用をおすすめします。

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私が歩いた矢岳

ここからは筆者が2023年4月初旬の平日、実際に矢岳を歩いてみた時の模様をお伝えします。西武秩父駅から御花畑駅に移動、武州中川駅には8:06に到着しました。帰りは17:01発の影森行きの電車に乗れれば良いかな、という計画で出発です。

武州中川駅〜若御子神社・清雲寺

武州中川駅の改札は北に面しています。振り返ると駅内踏切の右上あたりに、金字型に尖った矢岳の姿が既に見えています。

武州中川駅

踏切を渡って駅の反対側に移動します。最初の目標地点は若御子神社・清雲寺で、道標は豊富です。

武州中川駅

踏切から30分ほど左にずっと歩いていき、細い路地を右折すると若御子神社に辿り着きます。

若御子神社

若御子神社の狛犬は三峯神社や宝登山のそれと同じく、狼です。牙のある美形の狼。もう一体の口を開いているほうもとっても可愛い。

若御子神社の狛犬

登山口(若神子山遊歩道入口)はこの鳥居の向こう側なのですが、その前にすぐ隣にある清雲寺にちょっとだけ寄り道します。

若御子神社 遊歩道入口

清雲寺は「しだれ桜」が有名です(枝垂性のエドヒガンザクラ。古くは1423年に手植えされたものがあります)。この日は終わりかけていましたが、それでも素晴らしい景観のお寺です。

清雲寺のしだれ桜

しだれ桜のピーク時にはライトアップイベントもあるそうです(さくら祭りは3月下旬〜4月上旬)。さぞ美しいことでしょう。5〜10分程度で見て回れます。

清雲寺のしだれ桜

若御子神社〜若神子峠

それでは登山開始です。若御子神社の鳥居の奥にあるコンクリートの木段を登っていきます。

若御子神社 遊歩道入口

これが結構な急登で、しかも長い。「遊歩道」というゆるふわな響きに騙されてはいけません。散歩で歩くにはちょっときつい道で、歩く人が少ないのか道もあまり良くありません。道は途中で分岐しますが「若御子断層洞」の方向に歩いていけばよいです。

若御子神社 遊歩道

ジグザクにひたすら登り続けるとやがて「国見の広場」に至ります。あずまやのある、最初のランドマークです。手前の石は秩父の奇人・即道の碑です(石の反対側に詳しい説明あり)。

国見の広場とあずまや

次の目的地「若神子峠」を目指し、南への木段を下っていきます。

国見の広場からの下り

やがて到着する若神子峠は三叉路。左は作業道で、トラロープが張られています。右は「憩いの広場」に至る道。ここは尾根道を直進します。この後の矢岳山頂までのコース全般に言えることですが、迷ったらとにかく尾根道を探し、尾根を歩いていくことで迷わずにたどり着けます。

若神子峠

若神子峠〜クタシタノクビレ

若神子峠から今度は若神子山を目指します。ここからは崩壊した悪い道が多くなります。しかし、こうした道でもとにかく尾根を行きます(山腹を巻くと迷いそうになるところが結構あります)。

若神子峠の先の道

途中で壊れた社(やしろ)がいくつか見られます。これ以外に大きいものが尾根上に3つ。

若神子峠の先の道にある壊れた社

道はだんだん険悪になり、ゴロゴロ石も目立ちます。廃道感がすごい。

若神子峠の先の道

若神子山の前はロープのある急登。危険はないものの、滑りやすい。

若神子山の急登

若神子山の山頂です(木製の山頂標識によると735m)。特に何もない樹林の中ですが…

若神子山頂

樹林の西側には秩父さくら湖(浦山ダム)の眺望が良い地点があります。今日のルートは、秩父鉄道・浦山口駅から浦山ダムを経由して「国見の広場」に入ってくるというアプローチも考えられます。

若神子山から見た秩父さくら湖

若神子山の次のランドマークは大反山で、地形が平坦になってきたら山頂が近いです。ピンクテープがあるので迷わないと思いますが、霧が出ている時などは道迷いしやすい地形かなと思います。

大反山付近

たどりついた大反山(854m)。ここは眺望はありません。分県登山ガイドには「大反山からの下りに注意」とありますが、入ってはいけない道にはトラロープが張ってあります。とにかくこれまでの尾根の続きを辿ります。

大反山 山頂

大反山を下るとわりとすぐに「クタシタノクビレ」という鞍部に出ます。ここから矢岳まではピストンとなり、帰路はこのクタシタノクビレで北東にある道(下の写真で←武州中川駅と書かれている方向)に入ることになります。ここがクタシタノクビレであることを示す道標などはないので、地図とよく照合しておいたほうがよいでしょう。

クタシタノクビレ

クタシタノクビレ〜伐採跡地

クタシタノクビレを南側から振り返ってみたところです。向こう側の暗い樹林が大反山方面。あちらから下ってきたわけです。

クタシタノクビレ

クタシタノクビレの斜面は一面がカタクリの群生地で、花を咲かせているものはちらほら、という感じでしたが、地面を見るとまだら模様の葉がたくさん生えています。

クタシタノクビレのカタクリ

■ この日撮ったカタクリの写真は下の記事にまとめています

カタクリ(矢岳)下向きに咲くので撮るのが難しい春のはかない花
2023年4月初旬、埼玉県・秩父の地味でキツい山・矢岳を歩いていたら、カタクリの群落に遭遇しました。先日は狂気岩峰・秩父二子山でもカタクリを見かけたので、今春2度目の出会いです。 鞍部の日当たりの良い斜面で会える 場所は矢岳ルー...

クタシタノクビレから登り返すと、次のランドマークである鉄塔69号に至ります。

鉄塔69号

鉄塔から先、どちらに進んだら良いか悩むかもしれません。左に大きく巻く道があるのですが、そちらは送電線保守の作業道と思われます(むかし入ってしまったことがある)。ここはとにかく南に直進。よく見ると鉄塔のすぐ脇に踏み跡があります。杉林と雑木林の中間を狙って進みます。

鉄塔69号の踏跡

鉄塔69号先の斜面を登った先が「コトガミ沢の頭(962m)」。ここも標識・案内板などはありません。左に下って行くと、鉄塔69号の左に大きく巻いている道と合流することになります。ここから尾根は南東方向、右に曲がっていきます。

コトガミ沢の頭

尾根を辿っていくと次の目標地点である「伐採跡地」に至ります。ここは本日のコースで最も眺望の良いスポットと言えるので、休憩していきましょう。奥には矢岳がだいぶ近く見えてきています。先端が尖っているから「矢」岳というのでしょうか(調べても語源は不明)。座るのに便利なサイズの岩が少ないので、シットパッドがあったほうが良いです。

伐採跡地

西から南にかけて開けたこの伐採跡地からは武甲山・小持山・大持山がよく見えます。

伐採跡地から見た武甲山・小持山・大持山

この後もひたすら尾根道。日当たりが良く、良い気分になれる爽快な道です。体力的に不安がある場合、ここで引き返すと2時間強短縮できるのでそれも手です。

伐採跡地先の尾根道

伐採跡地〜矢岳

伐採跡地から先はアップダウンの多い尾根道で、小ピークをいくつか越えていきます。極端なヤセ尾根はないのですが、ザレていて道も悪いのでなかなか堪えます。しかしひたすら尾根を追っていけば良いので、進路の把握自体は難しくないとは思います。

伐採跡地先の尾根道

たまに樹林から矢岳の姿が垣間見え「そろそろか」と思わされるのですが、ピークかと思えばまた下って、また登っての繰り返し。伊豆ヶ岳〜吾野駅コースの起伏を5倍にしたような感じです。きつい。遊びというよりトレーニングという感じです。

伐採跡地先の尾根道

勾配はたまに下の写真のようにひどくなることもあります。熊倉山並みです。落葉ラッセルもあり、シューズの中に礫や木枝、葉っぱが入ってきます。ストックを使って全身で登ります。

伐採跡地先の尾根道

これが矢岳山頂前の最後の登り。

伐採跡地先の尾根道

足元をよく見ると、崩壊寸前の巻道にステップが組まれていました。過去に明らかに登山道として整備されていたことがうかがえます。なぜ廃れてしまったのだろう。日帰りではギリギリの行程であるわりに、華やかさに欠けているからでしょうか。でも、歩き甲斐はすごくあります。

矢岳山頂前

着きました! 矢岳山頂。眺望はほとんどありませんが、達成感は相当なものです。しかし座ってゆっくり休憩するのにちょうど良い石などはありません。

矢岳山頂

山頂標識は2つあります。右側の水色の文字のほうが古そうです。標高1358m。武甲山よりちょっとだけ高いので気温は少し下がります。

矢岳山頂

矢岳〜クタシノタクビレ

それでは下っていきます。登りも大変でしたが下りもかなり大変です。トレッキングポールは絶対にあったほうが良い山です。

矢岳山頂

伐採跡地でふたたび休憩、ライティングの良い武甲山・小持山・大持山を眺めます。この三山を西から眺められるところは少ないですね。シラジクボあたりの様子がよくわかります。

伐採跡地から見た武甲山・小持山・大持山

コトガミ沢の頭から鉄塔まで下ります。このあたりにもカタクリが群生しています。

コトガミ沢の頭から鉄塔におりる道

鉄塔からさらに下り、クタシタノクビレへ。ここからは左の山腹道となります。

クタシタノクビレ

クタシタノクビレ〜西の山腹道〜武州中川

まずはほっとする感じの山腹道からスタートです。大反山の西側になりますね。クタシタノクビレから武州中川駅までは90分の行程です。

クタシタノクビレ先の山腹道

やがて伐採跡地に出ます。ここは本日のコースで2番目に良い眺望で、奥の鉄塔の向こうには両神山のシルエットが見えます。

伐採跡地

振り返ると矢岳方面で、まあなんと美しい自然林でしょう。

伐採跡地

この山腹道は、踏跡こそ明瞭なのですが非常に状態が悪いです。特に危険なところはないのですが、体力・集中力が落ちてきていると足を取られます。倒木や崩壊も多い。

クタシタノクビレ先の山腹道

落ちた枝が跳ね上がって脚に当たったり、枝の先がシューズに刺さったりもするので、道を読んで丁寧に歩いていきます。とにかく荒れ放題、利用者が本当に少ないのだろうと思わされます。

クタシタノクビレ先の山腹道

やがて道が分岐します。右に行くと「憩いの広場」で、その先で「若神子峠」に至ります。武州中川駅は左の道を下っていきます。

若神子峠への分岐

やがて林道に出ます。これがまあまあの距離。車道に出てから武州中川駅までの標準コースタイムは20分とのことですが、もう少しかかった印象があります。

林道

矢岳の印象をあらためてまとめてみると、やはり「キツい」という言葉が最初に出てきます。分県登山ガイドには「樹林に覆われた地味な山稜の登降は求道者的」とあり、確かに修行をしているような気持ちになります。しかし2つの伐採跡地での大展望やカタクリといった、風景・自然を楽しめるポイントもあります。

大きい岩は2つ3つありますが、露岩はほぼなく、変化に乏しい感じはあります。しかし登るほどに雑木林が現れてくるので気持ちが良いです。

序盤の若神子神社から若神子山までの登りですでにキツい。伐採跡地から矢岳までの小ピークの連続もキツい。帰路の大反山の西の山腹道もザレ・荒れでやはりキツい。クサリはなく、長いロープセクションもないので膝への瞬間的な衝撃などは少ないのですが、とにかく持久力が求められる感じです。

行動時間が長いため日の短い秋から冬にかけては挑戦できるチャンスが少なくなるので、春夏に訪れてみるのが良いと思います。夏は虫が多めなので、虫除け対策必至です。

■ 撮影機材:LUMIX GF5 / LEICA DG SUMMILUX 9mm/F1.7 ASPH. H-X09 のみ

著者
ヤムパパー

秩父・奥武蔵・奥多摩・伊豆諸島がホームグラウンドの低山ハイカー。動植物の写真を撮りながら歩くのが好き。日帰りメイン時々テント泊。著述家・翻訳家

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